南北朝時代の暦応2年(1339)8月、後醍醐天皇が奈良・吉野の里で崩御した。後醍醐天皇とは当時、武家がおさめていた世の中から覇権を奪い取り、天皇親政による治世を打ち立てることに執念を燃やす一生を送った稀有の人物である。
この後醍醐天皇の前にことごとく立ちはだかったのが足利尊氏。二人は最期まで覇権争いのライバルとして何度も敵味方となりながら対峙した。後醍醐天皇が悲願を達成し開始した新政。その新政を倒し、最終的に国を治める権力を得たのは尊氏だった。
その後、ときの権力者となっていた尊氏が、生涯のライバルである後醍醐天皇が遠い地で亡くなったことを知り、高僧・夢窓国師の進言もあって、後醍醐天皇の菩提寺として創建したのが天龍寺である。
ほぼ6年の月日を費やして壮大な伽藍が完成したが、莫大な造営費の不足分を補うため「天龍寺船」とよばれる交易を開始、その利益を天龍寺建立費にあてたほどであった。そんな壮大だった天龍寺は670年あまりの歴史のなかで8回も大火にあい、伽藍群を次々と失っている。
大火の最後は幕末。薩摩藩は蛤御門の戦の際に敗軍・長州藩を宿営させたとの理由で大砲を放ち、全山堂舎の多くが灰燼に帰したという。現在の伽藍群はすべて明治以降のものである。
庭園の美しさは特に名高く、西芳寺(苔寺)や、等持院の庭園などを作庭した夢窓国師の作として有名。曹源池は州浜形の汀や島を配し、嵐山や亀山を借景として取り入れている。白砂と緑が鮮やかな名園は史蹟・特別名勝指定の第一号庭園である。
法堂の天井の加山又造筆による「雲龍図」は八方睨みの龍として迫力満点。多くの禅宗寺院の法堂に龍が描かれるのは、火難除けの龍神を描くことで伽藍全体の火災を防ぐ意味があるからだといわれている。
平成6年12月にはユネスコから世界文化遺産に認定・登録された。
(文・汐見香里/2008年10月掲載)
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| 名前 | | | 天龍寺 |
|---|---|---|
| ふりがな | | | てんりゅうじ |
| 住所 | | | 右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町68 |
| 電話 | | | 075-881-1235 |
| 時間 | | | 午前8時半〜午後5時半 (10/21〜3/20は午後5時) |
| 休日 | | | 無休 |
| アクセス | | | 阪急「嵐山駅」下車徒歩約15分 京福「嵐山駅」下車徒歩約1分 |
| 料金 | | | 庭園参拝料:大人500円、中学生・小人300円 (諸堂参拝の場合は100円追加) |
| 駐車場 | | | あり |
| HP | | | http://www.rinnou.net/cont_03/10tenryu/index.html |
| 備考 | | | − |
| ※記載の詳細は掲載時の情報です。お出かけの際は事前に各スポットへご確認ください。誤りがある場合はこちらから京都観光堂までご連絡ください。 | ||
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