海のない京都、そこそこ名のある人のエッセイにこう書かれていたが、京都の中央部は丹波高地で、南部には京都盆地がある。
そして北部こそが日本海に面し丹後半島が突出している。舞鶴市はこの北部にあって、珍しいことに市と市が合併してできた都市である。近世以降、細川氏の城下町として栄えた舞鶴市(西舞鶴)、そして商港として、軍港として活躍した東舞鶴市との合併であった。
かつて細川幽斎(忠興の父、ガラシャの義父)が石田三成勢に包囲され籠城したのがこの西舞鶴の田辺城である。舞鶴という呼称は藩政時代の城の名「武鶴(ぶかく)」が同音の「舞鶴」に変わったようで「鶴が舞う」という美しい名称は、城地を選定する際、東方から飛来したつがいの鶴が舞い降りた地に築城したことによる。
そして、やはり忘れてはならないのが「引き揚げのまち」としての舞鶴である。舞鶴港は第二次大戦終結後、海外に残された軍人や一般邦人等を帰国させる政府指定の引揚港となり、昭和20年の10月には第一船の引揚船「雲仙丸」が入港した。
歌謡曲「岩壁の母」は帰らない息子を待ち続け、引揚船が来るたびに舞鶴まで迎えに来たという実在した母の姿を謳った歌である。旧ソ連や中国大陸からの引揚者は昭和33年9月の「白山丸」の最終船までの13年間に66万人余の引揚者と約1万6000柱余の遺骨がこの港に降り立ったということは忘れてはならない。
戦後の舞鶴は地方商業の中心地となって、紡績・造船・ガラス・化学などの工業も盛んとなり人口も10万に達する勢いだった。軍港は貿易港として様変わりし、海上自衛隊の基地のまちとしても知られているが、舞鶴に訪れたら、この舞鶴引揚記念館を訪ねてほしい。この記念館は平和の尊さを永遠に語りかけてくれるからである。
(文・三宮庄二/2008年11月掲載)
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| 名前 | | | 舞鶴引揚記念館 |
|---|---|---|
| ふりがな | | | まいづるひきあげきねんかん |
| 住所 | | | 舞鶴市字平 引揚記念公園内 |
| 電話 | | | 0773-68-0836 |
| 時間 | | | 午前9時〜午後5時半 (午後5時入館終了) |
| 休日 | | | 12月29日〜翌年1月3日まで |
| アクセス | | | 舞鶴若狭自動車道 「舞鶴東IC」より車で約15分 |
| 料金 | | | 一般300円(200円)、小学生から大学生150円(100円)※()内は20名以上の団体割引 【赤れんが博物館共通券】 一般400円、学生200円 |
| 駐車場 | | | なし |
| HP | | | http://www.maizuru-bunkajigyoudan.or.jp/ hikiage_homepage/next.html |
| 備考 | | | - |
| ※記載の詳細は掲載時の情報です。お出かけの際は事前に各スポットへご確認ください。誤りがある場合はこちらから京都観光堂までご連絡ください。 | ||
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